建物明け渡し請求コラム
信頼関係破壊の法理とは
【設例】
私は,居酒屋を運営する会社の代表を務めていますが,昨年の春にオープンしたばかりの新店舗の賃貸借契約を,建物のオーナーから明け渡すように求められています。
たしかに,昨年末以降,賃料100万円を2か月分滞納している状況が続いているのですが,滞納額がこれ以上大きくならないように,1か月毎に100万円を支払い続けていますし,新店舗の客数も順調に増え始めて経営が軌道に乗りつつあり,今年中には,滞納状態が解消される見通しが立っています。
それなのに,いま賃貸借契約が解除されてしまうと,新店舗の開業のために支出した1000万円を超える初期費用が回収できなくなってしまいますし,原状回復費用や新規雇用した従業員の処遇など,会社は大きな損失を受けてしまいます。
私はこのような状況を売上表を見せながら一生懸命オーナーに説明しているのですが,新店舗のスペースを他に利用することが計画されているわけでもないのに,オーナーはもう出て行ってくれの一点張りで,このままだと裁判を起こすことになると通告されてしまいました。
私は,新店舗を明け渡さなければならないのでしょうか。
【回答】
ご相談者様が経営される会社の賃料の滞納が,オーナーの方に対する背信行為であるとはいえない特別な事情があると裁判所に判断され,賃貸借契約の解除が認められず,新店舗を明け渡さずに経営を続けられる可能性があります。
契約違反があった場合には,債権者は,相当の期間を定めて契約違反を是正するように債務者に求め,その期間内に契約違反が是正されなかった場合には,契約を解除できるのが原則です。
しかし,賃貸借契約は,一般的な契約とは異なり,賃貸人と賃借人との間の信頼関係に基づいて,長期間にわたって継続される契約関係であるという特徴があります。ですから,契約違反があったとしても,そのこと自体で契約関係の解消を認めるべきではなく,未だ信頼関係が破壊されていない(背信行為であるとはいえない)特別な事情がある場合には,契約関係を継続させるべきであるという考え方が広く認められ,裁判所でも採用されています。この考え方は,信頼関係破壊の法理と呼ばれます。
賃料不払いの場合,信頼関係が破壊されているかどうかは,不払いの程度・金額,不払いに至った経緯,契約締結時の事情,過去の賃料支払状況,催告の有無・内容,催告後あるいは解除の意思表示後の賃借人の対応等が,総合的に考慮されて判断されます。
設例では,100万円の賃料の2か月分が滞納状態にあることから,不払いの金額は低くはありません。ただ,その滞納額がこれ以上増えないように,1か月毎に100万円が支払われている状況にあります。
また,不払いに至った理由は,新店舗の立ち上げのために当初は売上げが伸び悩んだ点にありますが,一般的に新規事業の開始時期に苦しい経営状態が続くことは珍しいことではありません。
さらに,オーナーからの催告を受けた後も,ご相談者様は,年内に滞納が解消できる見通しであることを,経営が軌道に乗りつつあるという客観的な資料を伴って誠実に説明されています。
加えて,賃貸借契約が解除された場合にご相談者様の会社が被る損失が非常に大きいのに対して,オーナー側の建物を使用する必要性が高い状況にはないわけですから,オーナーの方の明渡し請求を認めることには,バランスの悪さが否めません。
これらの事情を総合的に考慮した結果,未だご相談者様が経営される会社による賃料の滞納は,オーナーの方に対する背信行為とまではいえない特別な事情があると判断される可能性はあると考えられます。
似た状況で争われた裁判で,裁判所は,賃貸人による解除を認めないという判断を示したこともありますので(東京地裁平成24年10月3日判決参照),ご相談者様の会社は,新店舗を明け渡さずに,経営が続けられる可能性があるといえるでしょう。